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君の名は。って千と千尋と同じじゃん

ついに興行収入100億を超えたという「君の名は。」。私も見に行った。人が多いの嫌だわと思って平日に行ったのに満席。しかもアニメ作品なのに見渡す限りリア充リア充リア充。よかったわーこれ1人で行ってたら完全にこっちがやられてたわー。と思いながら映画スタート。始まってからずっと「ん?」「ん?」って思うところがあったんだけどエンドロールで確信した。

 

これ、千と千尋の神隠しやん。

 

というわけで何で千と千尋なのか、君の名は。はどういう物語なのかを解説していこうと思う。ネタバレするよ。寧ろネタバレしかないよ。

 

 

 

 

君の名は。」はどんな話かというとすっごい大まかにすれば「転校生」と「時をかける少女」を200mlずつくらい入れて「魔法少女まどか☆マギカ」をちょっと加えた感じ。時をかける転校生。うん完全にほむらちゃんだね。ほむほむだね。しかもこの「時をかける転校生」ってワード映画のパンフレットで氷川竜介が使ってて笑っちゃったね。

岐阜の山奥にある神社の孫娘三葉と東京に暮らす瀧が夢の中で入れ替わるようになって、それぞれの生活を楽しんでいるうちに実際に会ってみたくなる。三葉が瀧に会いに行くも瀧は気づいてくれない。瀧も会いに行こうとしたが三葉の住んでいた村は2年前に彗星が落ちてきたことで無くなっている事を知る。瀧は御神体へ向かい、もう一度入れ替わって三葉や村を救うために働きかけ……まあまた入れ替わり戻ったりするんだけど最終的には彗星から村の人々を救って大人になって東京で2人が出会うハッピーエンド。って感じ。良かったねえ。良かった良かった。同僚(リア充/ヲタク要素が1つもない)に「君の名は。」どうだった?と解説させたらだいたいこんな答えが返ってきた。「何かよく分かんないけど良かった!」楽観的だね。だからお前はリア充なんだ。

粗筋を聞いてどこが千と千尋だと思っただろう。そうだね喋る動物が出てきたわけでも夏木マリがぶち切れたわけでもない。だけど随所に散りばめられているメタファーがジブリ作品と同じ。ジブリってメタ分析に最も適した題材で、最も初歩的なメタファーが埋め込めていて寧ろジブリがメタファーを作っているのではって程だから。というわけで「千と千尋」と「君の名は。」の共通するメタファーを解説していく。

 

1.トンネルを通る

まずはジブリ作品を読み解く上で最も初歩的なメタファーであるトンネルについて考えていく。ジブリってやけにトンネル通りたがるよね。サツキもメイもポニョもトンネルを通る。千尋も勿論トンネルを通って不思議な世界に辿り着く。ジブリにおいてトンネルを通るとだいたい異世界に連れていかれる。

そして「君の名は。」でもトンネルが出てくる。御神体へ行く途中、あれがトンネル。そして瀧がトンネルの中で三葉と入れ替わるんだ。それまでは「夢」を介して入れ替わっていたのにここでは「夢」を介さずに入れ替わる。これはトンネルの中=異世界だからこそ出来たことだと思えば納得いくよね。「異世界」とは何を指すのか。これはずばり「あの世」だと思う。まあそれは三葉のおばあちゃんがはっきり御神体のある方を指して「ここからはあの世」だって言ってるわけだし三葉も死んでた事になってたわけだから「あの世」だろう。「君の名は。」は「この世」と「あの世」 の境界線上の物語として考えることが出来る。

 

2.女性の成長

君の名は。」の主人公三葉。そして「千と千尋」主人公の千尋。どちらも物語の中で大きく成長している。というか成長せざるを得ない状況下にある。それは「両親の不在」だ。三葉は母親を亡くしており父はいるが家にはいない。千尋は両親ともにいるが豚になってしまう。両親を排除することにより主人公は成長する。親がいなくても子は育つんだよ悲しいことにね。

では、「はいここで成長したよ!」って目に見える箇所はどこかというと、千尋に関しては「腹痛を訴える」シーン。これは初潮を迎えたのだと都市伝説で言われているけど私もそうだと思う。

三葉に関しては「髪を切る」シーンだ。瀧に気づいてもらえなかった=失恋したから、ということで髪を切っているんだけどそれだけではなくて「組紐を瀧に渡したから」成長したのだ。千尋の成長を初潮、と言ったけど三葉の成長は「初体験」だと考える。組紐の赤色は血の色で、月経の象徴で、女性の象徴で。それを瀧に渡した=初体験だと見える。

 因みに瀧も成長している。瀧の家族として出てくるのは父親のみで女親は不在。父親もほぼほぼ不在。瀧もまた成長せざるを得ない状況下にある。

 

3.電車からの脱出

物語のクライマックスでは電車に乗った2人がすれ違い、そして出会う。それだけではなくて電車は何度も何度も出てくる。しかも山手線。

千と千尋」でも電車のシーンは出てくるよね。その駅の1つに火垂るの墓の節子がいるとか都市伝説もある。「千と千尋」において電車は「来たる場所で降りるため」に存在している。電車は「宿命」に近いものを描くために存在する。会社に行くために電車に乗ら「なければならない」でしょ?そういう事だよ。描かれてはいないが、違う駅で降りてしまったら千尋は現実世界に戻って来れないのだと思う。

君の名は。」も同じく「来たる場所で降りるため」に存在する。何回も代々木駅の名前を目にしただろう。代々木駅通る度に思い出すんじゃないかなってくらい。だけど最後に三葉と瀧が出会ったところのモデルは東村山市だ。山手線上にないらしいね。これがミソで「来たる場所で降りなかった」から出会えたんだと思う。

そして山手線はぐるぐる回っている。そこから外れるのは輪廻からの脱出を思わせる。何度も何度も繰り返してようやく出会えた=前前前世の歌詞がマッチしているのはそういう事だと考える。

更に三葉が東京に出てきたのは家系という運命から脱出していることになる。これも輪廻からの脱出の1つではないかなと思うね私は。

 

4.名前を忘れる

人って何にでも名前をつけたがるよね。子どもにもペットにも台風にもすぐに名前をつける。ウチの母親なんて自転車にも車にもパソコンにも名前をつける。愛着が持てるそうな。因みに自転車の名前はチャーリー。

愛着云々は置いとくとして名前をつけるのは何故なのかは名前が無いと物事を認識することが出来ないから。他の名前のないその他大勢ではないと認識するために名前をつけなければいけない。

 「千と千尋」では千尋が自分の名前を忘れそうになる。名前を忘れるとあの世界から出られなくなってしまう。同じように「君の名は。」は夢から覚めると相手の名前を忘れ続ける。だから日記には備忘録としての役割もある。名前という個を認識するものを喪失する以上、2人は出会えない世界線にいるのだと思う。そこから脱出したのは前述の通り。

 

こんな感じで「千と千尋」と「君の名は。」はだいぶ似通ったものがあると思う。だからこそヒットしてるんじゃないかな。潜在的なテーマが近いから同じように人の心に響いているのではないかと考える。

三葉に特別感を持たせすぎて瀧は何で彼じゃなければならなかったのか、が分からなかったのは頷けなかったけど。瀧が瀧である意味が深く描かれてないと入れ替わる理由も恋愛感情に至る理由もないんだけどなあ……好きになることに理由はないのかな。

メタファーから「君の名は。」を見てきたわけだけども、本当にストーリーは面白かった。どうして?どうして?を深く考えない方が楽しく観れると思う。私は何で2年前の女の子と現在の男の子が入れ替わるのかはファンタジーだと思うしかなかった。